千葉黄和田畑「堂沢橋」 高くて、恐くて、味わい深い。田舎吊り橋 田舎吊り橋5本目。千葉黄和田畑「堂沢橋」

田舎吊り橋5本目。千葉黄和田畑「堂沢橋」貧弱だからこそ味わい深い。

ミステリアス!?千葉の山奥、小櫃川上流、黄和田畑の吊り橋

千葉県は君津市。ここ千葉では利根川に次いで2番目に長い小櫃(おびつ)川。その上流付近に架かる「堂沢(どうざわ)橋」。最初、橋に訪れたときは橋自体には何の情報もなくいつ架けられたのかも、ましてや名前の表記もなく、名前のない橋なのかと思っていた。
この「堂沢橋」という名前は、取材後に出会った井戸端会議をする地元住民(三人のかわいい老婆)に教えて頂いた。

そんな「堂沢橋」、多少の老朽化はあるが高さもそれほどなく足場もわりと広くしっかりしているので、比較的渡りやすい。しかし、手をそえるところが金網で、ところどころ痛んでいる。貧弱な手すりなので、あまり期待しない方がいいだろう。吊り橋独特の揺れももちろんあるので、転倒しないようにバランスをとりながら慎重に渡るべし。

そして周りを見渡すと眼下に広がる小櫃川上流のせせらぎはとても穏やかで見るものを癒してくれる。水深も浅く橋を渡りきったところから降りようと思えば降りられる。時期的なものもあるだろうが私が降りたときは道があるのかないのか、山からのわき水で少しぬかるんだところを木々やクモの巣をかきわけて川までたどり着く事ができた。そこには動物のフンなどが転がっており、上から見下ろす川とはまた違った川を間近で体験できる。水に触れてみると「うわっ!」あたりまえに冷たい。

さて、吊り橋を渡って川にも降りて、さんざん堪能したのだが、じつはここ堂沢橋は、今でこそ主に林業のための橋となっているが、その昔、奥には小さな集落があったというのだ。吊り橋もさることながら、我々はその現在は廃村となってしまったという、集落の跡地も訪れた。そこにはミステリアスな空間が広がっていたのだ。吊り橋があるような所には、周辺にも楽しめるものがあるのである。

記事:飯田澄人

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車道より。すぐ下に架かっている。

 
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車道からガードレール越しに正面から。一見鳥居のようにも見える柱部分はとても雑な作りだが、それがまた良い。

 
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車道から脇道を下ったところから。ここから見ると、とても貧弱そう。

 
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近づいてみると木の柱は痛んでいて、よく見るとキノコの一種が生えている。

 
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橋の入り口部分は踏み板が広くなっている。

 
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柵の部分に手すりは無く、柔らかい金網を張っただけの極めて貧弱な作りである。

 
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橋のちょうど真ん中辺りから上流方面。水深は浅く川の流れは穏やかで、川面に映った山がとても美しい。

 
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渡り切ったところから。国道と、その上にあるお堂が見える。このお堂が「堂沢橋」の名前の由来。

 
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踏み板はしっかりと敷き詰められているが、表面には苔が生えるなど、劣化が見られる。踏み抜くことを心配する程の劣化ではなく、この劣化が味わい深さの演出に一役買っている。

 
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柵の下には塩ビパイプが設置されているが、水が流れているという訳ではなく、柵の金網を固定するためのもの。実に簡素な作りである。

 
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柱の根元には、比較的新しくコンクリートで補強した部分がある。そこには「出したゴミは持ち帰りましょう。」との貼り紙が。夏場は川遊びに訪れる人がいるようだ。

 
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ワイヤーには大量のツルが巻きついている。

 
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橋を渡り切ったすぐ脇を川に降りたところ。鹿だろうか?動物の足跡があった。

 
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河原より。下から見上げても踏み板の薄さは貧弱に思える。そこがまた良い。

 
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橋を渡って暫く行ったところに突如広がる幻想的な空間。

 
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更に進んだ場所にある沢を渡るために作られた木を束ねた橋。木は腐っている上に濡れて滑るのでとても危険。

 
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廃村跡と見られる部分には、かつては田んぼか畑だったような場所も杉林になっていた。

 
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更に進むと、古びた竹林が。

 
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竹林の脇の坂を登ると、そこには古い苔むした墓地があった。その光景は幻想的である意味美しく、昔話の世界に迷い込んだような感覚に陥った。残念ながらここより先には進む道は無く、引き返すしかない。勿論、帰りはまた堂沢橋を渡ることになる。

 
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